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苫小牧沖フェリー火災 坂上幹郎船長の判断力は以前にも発揮されていた!

7月31日、午後5時15分ごろ、

北海道苫小牧市の沖、

約55キロを航行中だった、

茨城県大洗発、苫小牧行きのカーフェリー、

“さんふらわあだいせつ”

火災が発生しました。

火の勢いは相当強く、

火災発生から3日が経過した現在も

火はまだ消し止められていません。

当時“さんふらわあだいせつ”には、

乗員23名乗客71名

合わせて94名が乗船していました。

素早い避難行動、救助活動が取られ、

乗客71名は全員無事。

しかし残念ながら、

消火活動に向かった2等航海士

織田邦彦さん(44)は、

3日、車両甲板で発見されましたが、

死亡が確認されました。

さんふらわあだいせつ号

(出展:47NEWS)

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火災発生の状況

燃え方が最も激しかった場所は

車両甲板Dデッキ

ここには主にトラックが集められ、

ほぼ中央あたりが

最も激しく燃えていたようです。

さんふらわあだいせつ2

(出展:北海道新聞)

このあたりには3、4台の

保冷車が積まれており、

電源ケーブルをつないでいる最中でした。

フェリーの運航中、保冷車はエンジンを

止めなければならず、

フェリーの電源を利用して冷凍機

動かす仕組みになっています。

現在はこの保冷車の冷凍機から

出火した可能性が高いとみられ、

調査が進められています。

救助された乗客の証言によれば、

“ドンドン”という連続した爆発音が聞こえ

黒い煙が激しく発生していたようです。

車両甲板で起こっていたためか、

火災を目撃したという証言はありません。

しかし現場では激しい火災が発生し、

手動のスプリンクラーや消化ホース、

消火器を駆使して鎮火を試みたが、

火の勢いは衰えませんでした。

この消火活動には、

2等航海士の織田邦彦さんも向かっており、

織田さんは無線で同僚に

「黒煙がひどい」

と、連絡を取っていました。

坂上幹郎船長の判断

そんな中、火災発生確認からわずか30分後

船長坂上幹郎(さかうえ みきろう)さんは、

乗客、乗員に退船命令を出しました。

スプリンクラーや消火器での鎮火を試み、

不可能であると判断した直後のことでした。

乗員の手際の良い誘導の元、

次々と乗客らが周囲に集まっていた

巡視船や民間船などに乗り移っていきました。

“日没前の判断”

これが功を奏し、

消火活動に向かって命を落としてしまった

織田邦彦さん一人を除いて

全ての乗客乗員が避難することができました。

坂上船長の判断がもう少し遅れていれば、

日没を迎え、暗闇の中、

救助活動は困難を極めたことでしょう。

更なる犠牲者が出ていたかもしれません。

坂上船長の早期での判断は、

世間でも賞賛の声が多数上がっています。

坂上船長は東日本大震災でも素晴らしい判断力を発揮していた

坂上幹郎さん

坂上幹郎

(出展:毎日新聞)

今回、素晴らしい判断で

被害を最小限に止めた、坂上幹郎船長

少し調べてみると、

過去にもその素晴らしい判断力を

発揮していたことがわかりました。

3・14 東日本大震災

当時、坂上船長は、

“さんふらわあふらの”の船長をしており、

大洗港へ入港し、

揚げ荷作業の真っ只中でした。

“大津波警報発令!”

この情報を受信した

“さんふらわあふらの”は、

すぐさま港外への自主的非難を決定。

周囲への注意を促す汽笛を鳴らしながら、

沖へと向かったのです。

実はこの行動には理由があり、

“船は津波が起きた場合、

津波が港へ到着する前に

沖へ避難する”

これが“鉄則”とされているのです。

結果、坂上船長の判断により

難を逃れた“さんふらわあふらの”は、

北海道、苫小牧港に無事到着。

その後は青森港への

緊急支援輸送に従事しました。

またこの時、大洗では、

“さんふらわあふらの”の汽笛を聞いて

津波が来ることを察知し、

高台に避難した住民もいたといいます。

まさに坂上船長の機転と判断力が、

多くの命を救ったといえます。

坂上船長の勇気ある行動

さらに坂上幹郎船長は、

“さんふらわあだいせつ”の火災発生後、

4時間に渡って船内に残り続けました。

ヘリコプターでの救助が

予定されていたようですが、

なかなか下船要請に応じず

無線で救助船と連絡をとりあうなど、

救出作業を見守り続けたといいます。

最終的には、

説得に応じる形

巡視艇に乗り移りました。

本来なら乗客乗員、

全員の無事を確認してから

下船するつもりだったのかもしれません。

連絡の取れなくなった

織田邦彦さんの行方を

捜していたのかもしれません。

残念ながら、織田邦彦さんは

命を落とす結果となってしまいました。

しかしその織田さんも

自分の任務を果たそうとして、

火災現場に向かったのです。

このような人たちの働きのおかげで、

多くの命が救われたことには

間違いありません。

最後に、この事故で命を落としてしまった

織田邦彦さんの行動にも称賛を送ると共に、

ご冥福を心より

お祈り申し上げます。

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