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辻出紀子さん失踪事件を風化させないために

三重県伊勢市雑誌記者だった女性

行方不明になってから

17年が経とうとしている23日、

両親らがチラシを配り

情報提供を呼びかけました。

この事件は1998年11月24日に、

三重県津市一志町

辻出紀子(つじで のりこ)さん(24)が

伊勢市にある勤務先の出版社を出た後、

行方が分からなくなっているというものです。

辻出紀子3

辻出さんの父・辻出康晴さんは、

「とにかく風化させたくないということで。

ちょっとでも気の付いたことがあったら

教えて頂きたい」

チラシ配りを行った心境を

このように語っています。

そして当サイトでも、

『辻出紀子さん失踪事件』

風化させないために、

当時の事件について

改めて調べてみました。

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辻出紀子さん失踪事件の概要

辻出紀子さんの姿が最後に確認されたのは、

1998年(平成10)11月24日の午後11時過ぎ

辻出さんが勤務していた出版社、

伊勢文化舎の社長が

遅くまで会社に残っていた辻出さんを見かけ、

「もう遅いから帰りなさい」

と声をかけ、

退社するのを見かけたのが

最後の目撃情報になります。

辻出さんは実家で

両親・祖父とともに暮らしていたが

仕事で遅くなることが多かったため、

その日も両親は

さほど心配していなかったということです。

翌25日、母の美代子さんは

紀子さんが朝になっても帰っていないことを

気には留めたが、

自身も働いていたため職場へ出勤。

紀子さんの職場の同僚たちも

出勤してこないことを心配はしたが、

昨晩遅くまで原稿を書いていた

ということもあり、

午前中は連絡を取りませんでした。

午後になって同僚が

携帯に電話を掛けたところ、

留守番電話になり

紀子さんが出ることは

ありませんでした。

事態が急変したのは夕方のこと。

紀子さんの自宅に伊勢警察署から

電話がありました。

紀子さんの勤務先から数百メートル離れた

損害保険会社の駐車場に、

紀子さんの愛車・日産マーチ

長時間停められているというのです。

連絡を受けた母・美千代さんは

紀子さんの会社へ連絡。

紀子さんが朝から出社しいてないと聞き、

異変に気付いた美千代さんと

伊勢文化舎の社長は、

紀子さんの車が発見された現場へ向かい

紀子さんが行方不明になっていることが

発覚したのです。

発見された車の不審点

発見された紀子さんの車には、

幾つかの不審な点がありました。

①駐車ラインをまたいで

斜めに停められていた

②ドアロックがされており、

所持品は全てなくなっていた

③灰皿にタバコの吸い殻が1本

残されていた

④車の座席が下がっていた

⑤カーステレオのスイッチが切られていた

紀子さんは非常に几帳面な性格

車を斜めに停めるようなことは

なかったといいます。

また、喫煙者ではなく

車の座席の位置も

紀子さんの体のサイズに合わない位置

合わせられていました。

そして紀子さんは

普段、カーステレオはつけっぱなし

だったといいます。

さらに決定的なのは無断駐車であったこと。

これらの事実があったにも関わらず、

警察は当初、『家出』として

処理してしまいました。

不審人物の存在

しかし、紀子さんが行方不明になってから

1か月が経過した頃、

捜査線上に1人の男の存在

浮かび上がりました。

その男とは失踪の直前に、

取材で知り合ったという尾鷲市在住のA氏

紀子さんが失踪した日、

A氏は昼間2回、紀子さんの会社へ

電話をかけていました。

さらに夜の10時ごろ、

紀子さんの携帯電話に

1回電話を入れています。

そして紀子さんが会社を出た後の

11時12分に、

今度は紀子さんからA氏に

電話をかけていたことが

通話記録からわかっています。

A氏は紀子さんと最後に会った人物として

警察に取り調べを受けましたが、

当時の様子を

このように語っています。

「取材に関するやり取りで行き違いがあり

直接謝りたかったので呼び出した。

(発見現場の)駐車場で落ち合い、

自分の車に乗せて1~2時間話をした。

その後、駐車場から

少し離れた県道沿いで降ろしたが、

別れてからの彼女の行動は何もしらない」

A氏にはアリバイがありませんでしたが

目撃情報も物的証拠もなかった為、

逮捕には至りませんでした。

それどころかA氏は

1999年2月に、東京都港区の女性を

監禁したとして逮捕されました。

(東京で起きた事件にもかかわらず

三重県警が拘留

いわゆる別件逮捕と言われています)

しかし裁判は無罪

逆に警察に対して訴えを起こし、

所轄が手出しできない状況に

なってしまいました。

なおA氏は

「無罪になれば全てを話す」

と語っていましたが、

裁判後、一切の証言を拒否しています。

次々と出てくる不審点

この事件では、

発見された紀子さんの車の他にも

不審な点がいくつか見つかっています。

まず、紀子さんの上着が

会社に残されていたということ。

11月の下旬の夜中ということで、

上着を着ずに外出というのは

不自然であると言えます。

そこから考えられるのは、

『すぐ近く』

『短時間の用事』

『すぐに戻る予定だった』

などといったことでしょう。

さらに紀子さんの車が発見され、

A氏が『待ち合わせた』

証言している場所。

ここは紀子さんの勤務先から

約1.2㎞程で、

車ならば5分弱といった距離です。

紀子さんは午後11時ごろに会社を出て、

11時12分にA氏と電話で話しています

つまりこの時点では

A氏と会っていなかったということになり、

疑問点が浮かび上がってきます。

『A氏とは別の場所で会っていた』

『何者かが紀子さんの車を

発見現場まで運んだ』

『そもそも、A氏の証言が虚偽である』

などといったことです。

噂話の信憑性

実は辻出紀子さん失踪事件には、

『ある噂話』が注目されています。

紀子さんは学生時代から、

東南アジアでの女性や子供への

虐待現場を取材していました。

その当時の記録がこちらです。

↓  ↓

辻出紀子写真展

辻出紀子2

辻出紀子

その中で、日本への女性の

不法入国(密輸)ルートに行きあり、

それが三重県にある渡鹿野島だというのです。

そしてこの渡鹿野島では、

古くから買春行為が行われていることで

知られていました。

紀子さんは島への潜入調査

計画するとともに、

観光取材と称して

周辺で聞き込みをしていたようです。

しかしそのことが仇となり、

呼び出されて拉致されることに。

そしてその後は

島で娼婦として働かされている

というものです。

確かにこの話は噂話で

確実と言えるものではありません。

ただ、失踪以前の紀子さんの行動、

渡鹿野島で行われていること、

その辺りを見ていると

案外、単なる噂話ではないかもしれません。

風化させないために

辻出紀子さん失踪事件

発生から既に17年が経過しました。

当時24歳だった紀子さんも

現代では41歳になっています。

正直私は、この事件の存在を

知りませんでした。

今回のご家族のビラ配りの報道で

はじめて知ったのです。

ただその中で父・辻出康晴が語った、

「とにかく風化させたくない」

という言葉が

どうしても頭の中から離れないのです。

確かに事件からかなりの年月が経過し、

事態は日々、困難になっていきます。

しかしご家族はあきらめず

「忘れない」為に、

17年が経過した今も

捜索活動を続けています。

可能性が低いにしても、

『忘れない』・『風化させない』

この思いがあれば、

それが解決へとつながるかもしれません。

だから『風化させない』為に、

毎日、多くの方が訪問してくださる

当ブログで記事にして、

より多くの人に知ってもらい、

少しでも手助けになればと思います。

最後に、辻出紀子さんが

無事、元気な姿でご家族と再会できることを

心からお祈り申し上げます。

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