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1995年1月17日午前5時46分 阪神大震災から21年

1995年1月17日午前5時46分
関西地方で大規模な地震が起きました。

『阪神大震災』

6434人の尊い命が奪われ、
3人が行方不明となった
阪神大震災の発生から
今年で21年が経過しました。

最も被害の大きかった神戸市を中心に
被災各地では地震の発生した
午前5時46分に合わせて
追悼行事が行われました。

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阪神大震災の記憶

当時私は、大阪の南部に在住していました。

一番被害の大きかった神戸市からは
距離にして約50㎞ほど離れた場所でしたが、
それでもかなりの揺れがありました。

地震発生時は早朝ということもあり、
当時私は就寝中でしたが、
強く長い揺れの為、目を覚ましました。

それと同時に
タンスの上に置いてあった物が数点、
私の頭の側に落下してきたため、
「強い地震だな」
と感じたのを記憶しています。

しかし震源地から離れた大阪南部では、
すぐに揺れは収まり
大した被害もなかったため、
その日の仕事に備えて
再度私は就寝しました。

そして午前7時過ぎに目を覚まし、
出勤の支度をしている間に
ニュースで事態の深刻さを知りました。

『昨夜車で走った
阪神高速がなくなってる、、』

実は私は震災前日の1月16日が
休みだったため、
その当時付き合っていた彼女と
神戸に車でドライブに出かけていたのです。
そして大阪に向けて
阪神高速を走っていたのが、
1月16日午後11時30分ごろ。

その6時間後に、
歴史的な被害をもたらした
阪神大震災が発生し、
自分が車で走っていた
阪神高速は一部倒壊し、
なくなってしまっていたのです。

さらに事態の深刻さを思い知らされたのは、
午前8時前に出勤のため
車で自宅を出発した直後でした。

『交通渋滞』

50㎞離れた大阪南部にまで、
既にその影響が出ていました。

当時の私の記憶では、
僅か1㎞の距離を進むのに
1時間ほどを要したような気がします。

しかし被災地となった神戸の街は、
一瞬にして、がれきの山へと
変わり果ててしまっていたのです。

本当の姿

あれから21年の歳月が流れました。

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こちらは、ある場所から撮影した、
現在の神戸の風景です。

この画像を見る限りでは、
過去に大規模な地震被害があったなどとは
到底、想像することもできませんが、
これはあくまでも
『現在の神戸の一風景』
にすぎません。

実際、街の中を歩いてみると、
今現在でも信じられない程多く
当時の傷跡が残されており、
これは当時被害の大きかった
淡路島北部でも同様です。

毎年1月17日を迎えると、
追悼式や当時の被害状況を伝える報道
様々なところから発信されます。
しかしやはり、
ネットやテレビの画像で見る姿は
少し何かが違うと感じてしまいます。

本当の当時の姿や、今現在の姿は、
実際にその場所へ足を運んでみなければ
本当の意味では伝わってきません。
また、自分の目で見るだけで、
どんな情報よりも
伝わってくることがあるものです。

阪神大震災を風化させない

『天災』というものは
人知を超えた災害であり、
予測できず、ほとんどの場合は
防ぐことすらできません。

そしてこれは誰に責任があるわけでもなく、
地球上に住むすべての物が、
いつ遭遇するかもしれないという
宿命を背負っていかなければなりません。

しかしやはり、
『生ある者』当たり前の感情として
生きることを望むのは当然のことです。

今現在、この世に存在している私達は、
6000人以上もの犠牲者の死を乗り越えて
この時を生きています。

だからこそ阪神大震災から
教わったことを忘れず、
後世に伝えていかなければなりません。

『災害から教わったこと』
『災害後の社会から教わったこと』

これらがこれからの世の中で、
『生きた経験』になるように
していかなければなりません。

そしてそのために、
6000人以上もの犠牲を無駄にしない、
阪神大震災の記憶を風化させない

これは今現在この世に生きている
私達の義務であると感じるのです。

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1995年1月17日午前5時46分 阪神大震災から21年
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