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報道されない島崎翼容疑者の償いの形

皆さんは昨年12月に京都市にある繁華街、
『木屋町通り』で起こった
ある事件について記憶されているでしょうか?

この事件が起こったのは
昨年12月13日の深夜のこと。
2つの男性グループ
総勢10名ほどの間で乱闘騒ぎが起こり、
残念なことに1人の若者が命を落とす
殺人事件へと発展してしまいました。

私は当時、この事件について
記事を書いたのですが、
(参照⇒当時の事件記事
その後、被害者の関係者の方から
詳しい当時の状況をお伝え頂き、
真実を伝える記事を
書かせて頂きました。
(参照⇒真実を伝える記事

そしてつい先日、
加害者の刑事裁判が行われ
事件は一つの節目を迎えたのですが、
改めてこの事件の経緯について
考察していきたいと思います。

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事件当時の報道

この事件の初報は概ね以下のような形で
各メディアが報じていました。

  • 京都の繁華街・木屋町通りで
    若者同士のグループ間
    乱闘騒ぎが起こり、
    22歳の男性が意識不明の重体に陥った。
  • 意識不明となっているのは
    大津市の大学生・大平武紀さん(22)。
  • 加害者は京都府長岡京市の
    とび職・島崎翼容疑者(21)。
  • 大平武紀さんは翌18日、
    搬送先の病院でくも膜下出血のため
    亡くなられた。
  • 騒ぎの発端は島崎容疑者が大平さんに
    「目が合った」などと
    言いがかりをつけたことであった。

要約すればこのようになりますが、
当時のニュースソースは
全て削除されているため、
これらは当時の私の記録を元に
紹介させて頂いております。

事件当時の世の中の反応

この報道を受けて
世の中のニュース記事を題材にしたブログや
掲示板では書き込みが殺到。

その多くは『目が合った』という
言いがかりに対する批判が多かったものの、
被害者である大平さんに対するものも
多数見られました。

その内容としては

  • 不良グループ同士のけんか
  • たまたま打ち所が悪かっただけ
  • どっちもどっち

などといったものが多数見られました。

つまりこの事件は、
島崎容疑者が『目が合った』という
言いがかりを付けたという
経緯はあったものの、
それを大平さんが受け乱闘に発展。
結果大平さんが打ち所が悪かったため
命を落としてしまったという
見方をされていたのです。

実際私自身も当時の初報を元に記事を書き、
このような解釈をしていたことに
間違いはありません。

当時の記事
↓  ↓
大平武紀さんを殴り死亡させた島崎翼容疑者

しかし現実に起こった出来事は、
このような憶測とは
全く違ったものだったのです。

事件の真相

実はこの事件、
島崎容疑者が大平さんに『目が合った』
言いがかりをつけたというのは
各報道通りなのですが、
その後の詳しいやり取りが
一切報道されていなかったのです。

大平さんはその日、
弟さんから借りた上着を着て外出しており、
島崎容疑者から暴行を受けた後
その上着を取られてしまいました。

大平さんは上着を奪い返そうとしましたが、
島崎容疑者はそれを破り
投げ捨てたと言います。

そこで大平さんが取った行動は
島崎容疑者に殴りかかるということではなく、
破かれた弟さんから借りた上着を
取り返すということでした。

しかしこれが最悪の結果を
招いてしまうことになりました。

島崎容疑者は上着を拾おうとした大平さんに
さらに殴りかかったのです。

そして大平さんはそのまま意識を失い
二度と目を覚ますことはありませんでした。

私はこの事実を
大平さんの知人の方から教えて頂き、
それを元にこちらの記事を書きました。
↓  ↓
大平武紀さんと島崎翼容疑者の素顔

またこの事件で重要な真実は、
大平さんは一切手を出しておらず、
またその素振りさえ見せなかったということです。

これは5日に行われた
京都地裁の判決でも述べられており、
大平さんが一方的に暴行を受けたという事実が
立証されたということになります。

参考資料:京都新聞 取材ノートから

島崎翼容疑者の償いの形

7月5日、島崎容疑者の
刑事裁判が京都地裁で行われ、
太平さんの命を一方的に奪った
償いの形として、
以下の判決が下されました。

『懲役5年の実刑』

これについては
裁判所が出した判決であるため、
世間一般的には
『妥当』と捉えるべきなのでしょうか?

しかしこれは紛れもなく、

『無抵抗の見ず知らずの他人を
 一方的に殴り命を奪った』

という罪に対して出された償いの形なのです。

報道されない島崎容疑者の判決内容

ところで皆さんは
この判決内容をご存知でしたでしょうか?

事件が起こったことは知っていても
その結果までは知らなかった
というのがほとんどではないでしょうか?

それも無理はありません。

事件当時は『京都繁華街』『木屋町通り』
『目が合ったと言いがかり』
などといった言葉がクローズアップされ
ニュースにもなったこの事件。

実はその後当時のニュース記事は消され
その経過もほとんど報道されていないのです。

そのため事件当初の印象ばかりが残り、
真実は闇に埋もれた事件
なってしまっているのです。

そしてそのために
今も苦しんでいるのは、
間違いなく被害者のご遺族や
知人・関係者の方々なのです。

納得いかない判決内容ばかりでなく、
事実と相違する内容で書かれた
わが子の名前を見ざるを得ない
ご両親のお気持ち。

それについても先にご紹介した
『京都新聞 取材ノートから』
には記載されています。

事件を考察

現代社会は様々な情報で溢れ返っています。

そしてインターネットの普及により
私たちはそれを簡単に手に入れることが
できるようになりました。

しかし情報の信憑性
有名な機関であったり有名人であれば
たやすく信じられ、
そして受け入れられます。

せめて今回の事件が、
『目が合ったと言いがかりをつけ、
 無抵抗の青年を殴り死亡させた!』
というような見出しで紹介されていれば、
これだけ苦しむ人を
増やさずに済んだのではないのか?

そして大平さんのご遺族が
心の底から報われるには、
まだまだ気の遠くなるほどの
長い時間を要してしまうでしょう。

例え島崎容疑者が『極刑』の判決を受けても、
それでも報われるものではないのです。

『人の命を奪う』
というのはそういうことで、
『愛するものを失う』
というのはそういうことなのです。

島崎容疑者は『たった5年』
再びこの社会に出てくるのですが、
この先の人生、奪った大平さんの命を背負い、
しっかりと罪を償って頂きたいと願います。

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