シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

矢巾北中学校 村松亮さんの担任と家族について考察

7月5日の午後7時40分ごろ、

岩手県紫波郡(しわぐん)矢巾町(矢巾町)の

JR東北線矢幅駅で起きた、

矢巾北中学校の2年生、

村松亮さん(13)の悲しい事件。

その後発見された

“生活記録ノート”から、

学校や担任の対応についても

様々な意見が交わされています。

そこで現在わかっている情報を元に、

今回の事件について、

考察してみたいと思います。

スポンサーリンク

鈴木美成と田口ちかこ

村松亮さんが通っていた中学校は、

矢巾北中学校であることが、

すぐに特定されました。

現在、こちらのホームページでは、

“学校長挨拶”のページしか

見ることはできませんが、

これにより“鈴木美成”という

校長名はすぐに特定されました。

また、“生活記録ノート”での記述から、

注目が集まっている、

“村松亮さんの担任”については、

現在、体調を崩して休養中と

されていますが、

学校関係者のツイッターなどから、

ほぼ特定されつつあります。

事件当時から、

“担任は30代の女性教師”

という情報は流れており、

これらの投稿から

“田口ちかこ” であるという情報は、

ほぼ確定であるといえるでしょう。

校長”鈴木成美”と担任”田口ちかこ”の責任

事件前後の校長、“鈴木成美”

担任、“田口ちかこ”

行動と対応について

考えてみたいと思います。

校長・”鈴木成美”

“生活記録ノート”についての

担任からの報告はなく、

いじめの事実についても、

事前に確認していなかったと話しており、

事件後の7日の朝から全校生徒を対象に、

いじめがあったかなどについての

記名式のアンケートを行いました。

その夜行われた“保護者説明会”でも、

“事実関係は確認中”と発表しています。

また、“いじめ防止対策推進法”というものがあり、

いじめの早期発見を目的に、

定期的な校内調査が義務付けられています。

矢巾北中学校では、

“いじめ防止基本方針”を作成し、

“こころのアンケート”

年3回実施する計画がありました。

これに対し校長は、

5月に予定していた1回目について、

「学校行事が立て込んでいて7月に延期した」

と説明していましたが、

8日の夜になって

「6月に実施していた」

と訂正しました。

アンケート後に行う個別面談が

終わっていなかったため、

このアンケートは集計されておらず、

担任が保管していた状態でした。

しかしこのことからも、

“校長が現状を把握していなかった”

ことは明確であり、

“他人事?”

のような説明会の内容と合わせて、

疑問が残るところです。

担任・”田口ちかこ”

事件の翌日、6日(月)から、

体調不良を理由に学校を休んでいるようです。

もちろん“本当の理由”でないのは明確ですが、

まるでこのような事態になることが

わかっていたような行動です。

担任については、

“生活記録ノート”での、

的を外れた村松さんとのやり取りに

注目が集まっていますが、

よく見てみると

ある時を境に、“変化”しているようです。

新聞記事

これを見ると、6月8日までは、

村松さんの記述に対し、

“担任教師”として

適切な返答をしているように思えます。

しかし、6月9日は空欄。

その後の28日以降は

“意図的に話題をずらしている”

ように思えます。

これは個人的な想像ですが、

6月に実施され、集計が行われていなかった

“こころのアンケート”

関係しているのかもしれません。

いずれにしてもこの担任教師は

現在、休養中で公の場には出てきておりません。

全ての責任があるとは思いませんが、

“教育者”として、

“一人の大人”として、

内容の説明は必要であると思われます。

これでは単に、

“逃げ回っている”

と、捉えられても仕方ありません。

村松亮さんの家族

今回の“いじめ”の実態は、

村松亮さんの父親が

メディアの取材に応じたことから

広がっています。

また、事件当日、

村松さんは祖父

「買い物に行ってくる」

と言って出掛けたまま

帰らぬ人となってしまいました。

ここで気になる点が3つあります。

①父親は以前から”いじめ”について把握していた?

②村松亮さんの母親の存在は?

③気になるツイッター投稿

①については確定情報ではありませんが、

村松さんに対する“いじめ”

1年生の後半からはじまっており、

一人で寂しそうに帰宅する姿が、

度々、目撃されていたそうです。

そのことを知り合いの母親が

村松さんの父親に話していたことも

あったようです。

また、父親のコメントでは

中学1年の後期ごろから、

「うざいやつがいる」

「しつこくされている」

と訴えていたとの話もあり、

少なくとも村松さんが学校に対し

不満を抱いていたことは把握していたはずです。

今回、村松さんの父親は

学校側の対応のみを主張していますが、

自身は事前に何も

察知できなかったのでしょうか?

“親”として、

子供の変化に何も気づかなかったのでしょうか?

②については直接の原因ではありませんが、

これだけ騒動が大きくなっても、

村松さんの母親については

一切触れられておりません。

“家族”として唯一語られているのは、

最後に村松さんから

「買い物に行ってくる」

と、声を掛けられた祖父のみです。

このことから“父子家庭”であったことが

考えられます。

③についてはこちらです。

ツイッター

現在は削除されているようですが、

こちらの内容も気になります。

村松さんの父親

現在、村松さんの事件については、

学校側の対応や、担任の対応について

問題視されている声が多いようです。

しかし私はそれだけではなく、

親の対応にも疑問を抱きます。

「もっと早く教えてくれれば」

村松さんの父親は

こう話していましたが、

学校以上に子供を理解してあげるのが、

親の役目なのではないのでしょうか?

子供を支え、陰から見守るのが

親なのではないでしょうか?

事前に村松さんから

“いじめを示唆する訴え”

あったにも関わらず、

学校からの報告を待つばかりで

自分からは調べようとはしなかったのか?

さらに厳しい意見を述べると、

村松さんにとって父親が

“もっと相談しやすい相手”

であったなら、

もっと詳しい相談をしていたのでは?

そう考えると、

“学校や担任の対応”のみならず、

“親と子の関係”に関しても

考えさせられてしまうのです。

村松さんの母親

今回の事件で初めて、

村松亮さんの母親(44)に関する情報が

出てきました。

7月11日、産経新聞の取材に

応じたということです。

2010年の8月に離婚しており、

村松さんの父親からの

2年半振りの連絡が、

亮さんの訃報だったといいます。

5年前の8月に(村松君の父親と)離婚しました。

東京都内で中学1年と小学3年の娘(亮君の妹)

と住んでいます。

初めは亮も(東京に)連れていったのですが、

おばあちゃん子だったのですぐに

「おばあちゃんが心配。岩手に帰っていいかな」

と言い出したんです。本人の意思を尊重したら、

こんなことになってしまいました。

(村松君が死亡したという)

一報を受けたのは6日の午後5時18分でした。

元夫とは2年半の間、

連絡を取っていなかったので、

びっくりしました。

久しぶりの連絡がこれかよと。

7日にこちら(矢巾町)に来るまで、

冷静でいられませんでした。

悲しみ、驚き、戸惑い、

(亮を預けた元夫への)怒りが入り交じり、

言葉で言い表すことができませんでした。

遺体と対面し、現実を見て、

何で死んだんだろうという

疑問がわきました。

なぜここまで追い詰められる必要があったのか。

相談あれば「行くな」と言ったのに…

(村松君と)連絡が取れていれば、

いじめのことを言ってくれたかもしれない。

私なら「行くな」と言いました。

亮の姉も同じ中学校に通い、

いじめを受けていました。

「行くな」と言いました。

所属していたバレーボール部の顧問が

親身になってくれました。

学校とは関係なくだったと思います。

10日に初めて

(村松君の生活記録)ノートを見ました。

子供たちがこう(死を示唆する内容)

書いているのに、

他の子でも「研修たのしみましょうね」

と書いてしまうのでしょうか。

生徒が40人もいれば、

面倒みるのは大変でしょう。

先生も人だから。

でも「死ぬかも」とか

「生きているのが嫌になった」

とかつづっているのだから、

一言でいいから元夫か、

おじいちゃんに電話してくれていれば…。

(学校に対しては)不信感だけ。

1年生のときの担任はすごくいい先生でした。

1年生のときの担任なら助けてくれたと思います。

引き継ぎしていなかったのかなぁ。

亮は「何とかしてほしい」と頼んだのでしょう。

いじめ、ここまでひどいとは…

ここまでひどいいじめとは

思っていませんでした。

(いじめていたという)子たちを

恨んでもしようがないが、

この先、どういう人生を歩むのでしょうか。

(同じ中学校で)他にもいじめられている子が

いると思います。

全国でいじめられている子には

「死ぬな」と言いたいです。

中学校では「(今回の件を報道機関などに)言うな」と

(箝口令が)出ているらしいです。

(村松君は)最初は卓球部に入りたがっていたらしい。

でも(ラケットで)ポンポンと

20回以上できないと入れないと

言われてバスケ部に入ったそうです。

バレーボール部でも、文化部でも良かった。

絵を描くのが好きだったんです。

(いじめた子は)バスケ部にも

同じクラスにもいるそうです。

「人の嫌がることをするな」。

この子たちにそう言いたいです。

亮が何をしていたか分からないが、

うちの子が悪いことをしていたら、

私は土下座でもします。

世の中はおかしい。

いじめはなくならない。

だけど、何かしたら、いずれ返ってきます。

(引用元:livedoor NEWS)

確かに、息子さんがこんなことに

なってしまい、

その悲しみや、怒りは、

他人には理解し難いのかもしれません。

しかし元夫(亮さんの父親)と

音信普通の間、

亮さんとの連絡はとっていたのでしょうか?

残念ながら亮さんが事前に相談していた相手は、

現在話題に上がっている

担任の“田口ちかこ”さんのみです。

“学校側が両親に連絡していれば”

と、思わないでもないですが、

亮さんが相談相手

両親ではなく担任を選んだという事実

それが亮さんの悲劇を生んだ

最も大きな原因なのかもしれません。

スポンサーリンク
矢巾北中学校 村松亮さんの担任と家族について考察
この記事をお届けした
時事考察記の最新ニュース情報を、
いいねしてチェックしよう!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする